pixivのような華やかなところばかり見ていれば、そしてそこの参入障壁が、あのプロと自分と同等であり、入ることができるけれど同じように注目されることは難しい、ことに苛立っているのであれば、まあ、それは立とうとしているステージが悪いよね…という話になる。
それは昔でも、例えばイラスト投稿雑誌みたいなのは「選ばれた、きらびやかな場所」であって、そこで「常連掲載者」になることってのは一種憧れだったのだけど、雑誌の場合は掲載される/されないってのが「自分」と「あの人」を分かつ大きな壁として意識的に作用するもので、どこか「仕方ない」と思うことができた。
でもネットだと、一見その壁は目に見えない、意識にも上らないので、「同じ領域に凄い上手い人がいるから俺が注目されない」的感覚になるんだと思う。
(雑誌投稿全盛期とネットで手軽にそれらしいことができる今との感覚の差、っていう話は過去にも結構語られてたと思うけど)
でも、そういった大きなステージと直結してしまうことによる圧殺だけじゃなくて、インターネットには「昔よりお手軽に駄サイクルを形成することができる」効果はある。
自分の話をすれば、何とか雑誌に載ろうと必死にイラスト投稿してた昔より、ネットのお絵かき掲示板に投稿できるようになってからの方が、よほどお手軽にそういう知り合いができた。
そりゃもう典型的な駄サイクルかも知れないけど、無理して上目指すよりよほど気が楽だし、多分承認欲求も満たされてるんだと思う。
「草の根お絵描きサイトが全滅してpixiv一択になったせいでそういう交流が難しくなった」という話なら、「そういうものなのか」と思わなくもないけども、実際のところpixiv内交流だって頂点周辺だけのものではないだろうし、twitterだってあるし、「駄サイクル形成」は容易なんじゃなかろうか。
そうじゃなくて「駄サイクルからちょこんと頭だけ飛び出したいけど努力は嫌なんで…」と言われてしまうと「ハハハ、こやつめ」的反応になるのではないかと思うけど。 さて、かのブログの… - id:angmar - angmar - はてなハイク (via katoyuu)
それは昔でも、例えばイラスト投稿雑誌みたいなのは「選ばれた、きらびやかな場所」であって、そこで「常連掲載者」になることってのは一種憧れだったのだけど、雑誌の場合は掲載される/されないってのが「自分」と「あの人」を分かつ大きな壁として意識的に作用するもので、どこか「仕方ない」と思うことができた。
でもネットだと、一見その壁は目に見えない、意識にも上らないので、「同じ領域に凄い上手い人がいるから俺が注目されない」的感覚になるんだと思う。
(雑誌投稿全盛期とネットで手軽にそれらしいことができる今との感覚の差、っていう話は過去にも結構語られてたと思うけど)
でも、そういった大きなステージと直結してしまうことによる圧殺だけじゃなくて、インターネットには「昔よりお手軽に駄サイクルを形成することができる」効果はある。
自分の話をすれば、何とか雑誌に載ろうと必死にイラスト投稿してた昔より、ネットのお絵かき掲示板に投稿できるようになってからの方が、よほどお手軽にそういう知り合いができた。
そりゃもう典型的な駄サイクルかも知れないけど、無理して上目指すよりよほど気が楽だし、多分承認欲求も満たされてるんだと思う。
「草の根お絵描きサイトが全滅してpixiv一択になったせいでそういう交流が難しくなった」という話なら、「そういうものなのか」と思わなくもないけども、実際のところpixiv内交流だって頂点周辺だけのものではないだろうし、twitterだってあるし、「駄サイクル形成」は容易なんじゃなかろうか。
そうじゃなくて「駄サイクルからちょこんと頭だけ飛び出したいけど努力は嫌なんで…」と言われてしまうと「ハハハ、こやつめ」的反応になるのではないかと思うけど。 さて、かのブログの… - id:angmar - angmar - はてなハイク (via katoyuu)
(via hepton-rk)